上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲
今年ももうすぐ終わりということでHDを整理していると、そのまま処分せずにおいたスクリーンショットがたくさん出てきた。

もう忘れかけているプレイヤー名がちらほら出てくる中で、やはり自身の関心はヒト(または繋がり)にあったんだな、と改めて思った。
最初訳も分からず大きな軍人商会に所属しそれらまたはゲーム仕様の流れに翻弄され、ただ戦闘での勝ち負けにしかこだわりを持たなかったヴォルテール時代は孤独だった。

スクリーンショットを見るとひとりで座りこんでいる写真や背景が主体になっているものが多い。そこにヒト(他人)はいなかった。

逆にネルソン時代のスクリーンショットでは一人で写っているものがほとんど見当たらなかった。いつも誰かしらヒト(他人)がいる。プレイ年数が長くなり余裕が出てきたこともあるだろうが、無意識のうちにプレイヤーに自身の願望を投影していたように思える。

・ヴォルテール ⇒ 勝ち負けにこだわるプレイ
・ネルソン ⇒ 人と人をつなぐ役割を演じるプレイ

トータルで4~5年ほどプレイ?していたと思うが、本当にプレイする喜びを感じたのはネルソン時代の1~2年である。イベントをいろいろやってみて価値観が変わったことも大きかった。

ガチンコ(真剣勝負)8割 、エンターテイメント(笑い、バカバカしさ)2割 の構成で考えていたと思う。

イベントにとって大事なのは、むしろ2割のエンターテイメントだと考えている。

笑いやバカバカしさ、ナンセンスさを思いっきり追求して、戦いきって力尽き果てるまで腹がよじれて笑い飛ばすまでそうやってもう何も無いと思っていた後に撮影したスクリーンショットには、
唯一つ本当に心から求めていた、人と人との繋がりというものが残っていた。
スポンサーサイト
2013.12.30 Mon l 未分類 l COM(1) TB(0) l top ▲
ひさびさに公式サイトを見てみて非常に驚いてしまった。
http://www.gamecity.ne.jp/dol/gran_atlas/chapter1_4.htm

Gran Atlasについての記事であるが、今更実戦を優遇させたとしてもすでに遅い。
自身も帰るつもりがないし、複雑に仕様の追加・変更がなされている今の時点でのルールでプレイしてみたいとも思わない。

物事にはタイミングがある。旬の時期に適切なアップデートを行わずして何をいまさら実戦優遇なのか。

かくいうワタシは他ワールドに先駆けて一度実戦大会を開いたことがあったのだが、(来るべき時代を見据えて~アップデートなどでの期待感)
それは大航海時代オンラインというゲームの時代背景を考えた際に一番の見せ所は、
外洋での戦い=(つまり)実戦
だと考えていたからでもある。このゲームの一番の肝(大事なところ)であり華(見せ場)である、と。

勿論模擬戦にも価値は十分に認めていたが、飽くまでも模擬=(つまり)練習、すぎない。
・いつまでも軍人は模擬戦(練習)で満足していてはならない。
・模擬戦(練習)は外洋におけ来るべき実戦(本番)のための準備にすぎない
という考えが根底にあった。

本番をやることなく永遠に練習に甘んじておかなければならない軍人プレイヤー諸氏は、強大な戦闘力を誇示できず広いワールドの中でもごく一部の狭い海域で毎日コソコソと練習にいそしむ姿には、個人的には哀愁を帯びた「悲劇としての存在」を少なからず感じていた。

実戦(または優遇措置)への道しるべ(誘導)は、そういった「悲劇としての存在」を「本来のあるべき姿」へと戻してあげることをも意味するように思える。

ただ残念なのは時が遅すぎたこと。そして運営が(海賊を含めた)軍人プレイヤーの扱い方を誤ったこと。

運営が悪いのは当たり前だが、せめてもの救いはオンラインゲーム(仮想空間)を卒業しリアルに専念できるようになったことだろうか・・・。
2013.12.15 Sun l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
定刻通りに部屋を出て、階段を駆け上がりトイレで用を足し長い廊下ーそれは途中何度も折れ曲がる・・・少し息が弾みかけてきた頃、狭い幅を何人もすれ違う先の遠い視界に一人の見慣れたひと。

お互いの距離はだんだんと小さくなりすれ違うその一瞬、うつむき加減な彼女はハッとしたように我に返りこちらを見る。しかし薄らと憎しみを帯びた表情の一瞥をくれたまま流し目でワタシを睨み、すぐに顔をそむけ足早に去って行ってしまった。

毎日のように繰り返されるこの光景にいくぶん心は穏やかさを取り戻したものの、相変わらず痛みを与えてくれる。

本当にワタシが何をしたというのか!?
(無論まったくの心当たりが無い訳でもないが敢えて書かないでおく)

寝ても覚めても何度も繰り返し出てきて悩まされたこの自問自答。
無欲と煩悩の間(はざま)を何度も行ったり来たりする心の動き。

しかし今日ではこれらの思い出は過去のものになってしまった。
いったいあれは何だったのだろう。
今でもその邂逅ー巡りあわせに答えが出せずにいる。
2013.12.08 Sun l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
晩秋の冷たい風が吹き抜ける広い草原の中にひとりで長い間立っていた。
辺りには遥か彼方(かなた)まで木の一本も見えやしない。あるのは背丈がひざくらいまでしかない一様な高さの草の生えた草原だけだった。

何時間待っていたことだろう。体には軽い疲労を覚えながらもワタシは微動だにせずただひたすら遠くのほうを見つめていた。

待っていた?果たして何かを予期していたのだろうか。。。

すると遠くのほうからどんよりとした重たい雲、それは積乱雲であった。がゆっくりと近づいてきた。
雲は遠くからでもはっきりとわかる丸っきり季節外れの雷雲だった。
ピンク、紫、緑、黄色・・・雷は様々な艶めかしい色をきらめかせながら、雲はまるでくねくねと生き物のように近づいてきた。

そのうちぽつりぽつりと降り出してきたかと思えば、すぐに案の定のどしゃ降りになった。
激しくザァザァと頭上に降り注ぎ着ていた服は瞬くまにぐっしょりと濡れてしまった。

しかしワタシはそんなことは意に介するもなく一時も目を逸らすまいとただひたすら凝視し興奮しつつ雷雲をじっと見つめていた。

ドドドドーーン、という大音響で心臓が止まってしまうのではないかと思えるほどの衝撃が体中を走り抜けた!だがひれ伏すことなく大きな空の真ん中に一瞬の輝きを放つ綺麗な樹形をした雷を両の眼(まなこ)ではっきりと見た!

あぁ俺はこれを見たくてだだっ広い晩秋の寒空の草原の中、何時間も疲労を苦にせず待ち続けていたのかと覚った。いくら触れようと願っても身を焦がされてしまうことは分かっている。
今はただその姿を脳裏にはっきりと焼き付けることでしか救われない気がした。

あれほど待ち焦がれた雷雲は足早に去って行き、いつの間にか空の雲の切れ間から柔らかな陽光が差し込んでいた。また晴れてしまったのか・・・。残念に思いながらも茫然としたまま誰もいない草原の中濡れた服もそのままにしばらくの間佇んでいた。
2013.12.03 Tue l 未分類 l COM(0) TB(0) l top ▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。